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乗用車も商用車も1年車検だった

車検の法律ができたとき(昭和四年)は乗用車も商用車も1年車検だった。しかし数年後に乗用車だけ2年になる。理由は意外な事実だった。時のワンマン総理大臣吉田茂の娘(麻生和子女史)の車が車検で不合格になる。理由は受験者の態度が横柄だったからという。これに怒った麻生女史は運輸省に怒鳴り込んだ。「私の車を落とすなら車検制度なんて潰してやるが!」運輸大臣や官僚は真っ青に震えあがり、電光石火の早ワザでメクラ判を押して女史の車を合格に。それでも怒りのおさまらない麻生女史はさらにいきまく。「もともとアメリカには車検なんてつまらない制度はない!GHQ(占領軍総司令部)にいって潰してもらうワガ」顔面蒼白の運輸省、当時数の少なかった乗用車だけを2年に1回車検に変えちゃった。約30年後、当時の状況を知る運輸省高官はすべてを喋ってくれた。しかし当局は今でも「車検が2年ごとには科学的根拠があります」とシラを切っている。しかもユーザーが車検場に持ち込む車検が車検制度の原形で、合法だという事実もひたすら伏せてきた。

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