公務員であり、また何かとしばりの多い公立高校の先生が、勤務時間内だけでできるものではないし、難しいと思う。採点や問題作成を自宅まで持ち帰ったり、時には休日を返上しての学習指導も必要だと思う。私立の先生にも当然勤務時間はあるだろうが、公立に比べれば、ある程度柔軟に対応できるのではないかと思う。地方が東京や関西に遅れをとっているのは、指導に柔軟性の足りないことの他に有力な私立の進学高校がないことも1つの理由と思われる。東京や関西地区の公立高校の大学進学実績は、以前に比べ大きく落ちているが、有力私立に触発されて、公立が頑張るという図式がある。北海道や東北地区の伝統校の場合、良い意味で競争する私立の存在がないのだ。
頭の良い子の条件は、と書き出すと、関心を示す父母の方も多いと思うが、子どもを実際に教えていると、いくつかの条件を挙げることができるものだ。「頭の良い子」の定義はまことに難しいが、ここでは、機転がきき創造力豊かで利発な子どもとしておこう。このような子どもは、学校の成績も上位を占めていることは言うまでもない。では、どのような子ども達が頭が良いのかを、子どもを塾で教えた経験から、思いつくままに書いてみることにしよう。よくしゃべる子どもは時として嫌がられるが、授業の内容をすばやく理解することができる場合が多いようだ。もし小さい頃から無口な子がいたとしたら、勉強に関しては大変マイナスであることを知っておいてほしい。もちろんこの場合、人の話をよく聞きとれることが前提となるのは言うまでもない。
子どもの教育で思考力とか創造性を過度に期待するのは、多くの問題を含んでいると思います。一般論としては歓迎されていますが、あえていえば創造性重視の教育は危険かもしれないという傍証はいくつかあります。たとえば、アメリカはこの方法を採用して以来、学生の深刻な学力低下に悩みましかし、青少年の自殺は三倍に増え、少年犯罪も激増しました。これまでにうまくいっていた方法を投げ捨ててまで、創造性を重視した教育を採用しなければならないのでしょうか。ひょっとして二、三人の天才は生むかもしれませんが、国民教育としてはいかがなものかと思います。親の立場で考えれば、ノーベル賞がとれるようになるかもしれない教育方法ですべての子どもを教育するのは、そうなれなかったときのリスクが大きすぎるといわざるをえません。これは、自分の子を芸能人にしようと考えて、小さなころから専門の芸能学校に通わせるとか、あるいは子どもをイチローのような名選手に育てようとして、物心ついたときから野球を仕込むのと類似した発想です。
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